ガラス越しの風景がくれたもの
29th, March 2018 MDRS time
河村信(クルージャーナリスト)
扉が閉まってから3日が経ちました。
それは、外の景色を自分の目でダイレクトに見ることが出来なくなって3日経ったということです。基地の中では窓ガラス越し、宇宙服を着れば、ヘルメット越しの景色です。
火星は、人間の生身の体が大気に触れることを許してくれない空間です。
EVA(船外活動)に出てみれば、いつも当たり前に出来ることが何ひとつとして出来ません。まず、顔を触れない。鼻水が出ても、かむことさえ出来ません。雄大なMDRSの景色に心打たれても、その表現手段は限られてしまいます。カメラのファインダーが全く見えませんし、操作もままなりません。ここに来る前に、様々な状況を自分なりにシミュレーションして機材を選んできたつもりでしたが、現実は私の想像を凌ぐ不自由さです。
電気・水・ゴミ・通信・或いは日常の細かい所作ひとつひとつが、命に係わるという状況(を作り出すこと)が、私たちが当たり前に感じている日常が日常でなくなっていくトンネルをくぐりぬけているような気持ちにします。自分の目で外を見れない3日という時間は、いま私たちは別世界に来ていると感じるに充分な時間でした。
それは同時に、私たちCrew191が、いまどこまでも無骨に、ここは火星だというシミュレーションに挑んでいることに他ならないと思います。誰ひとりとしてここを地球だと思っていません。朝起きてから夜寝るまで、皆が「本気」で「火星」の日常に挑んでいます。
だからこそ、お互いにミッションに対して活発な議論が生まれ、時には強い口調で意見を言い合います。扉が閉まっただけでこんな空間が砂漠の真ん中に出来上がるなんて、その空間の変化に自分でも驚いてしまいます。
何年後・十何年後・何十年後・人類が火星を目指し、その土地に降り立った時、いま私たちが直面している状況は必ず起こるであろうし、その現場を撮影する人は必ずいる筈です。
ジャーナリストが火星に行くとき、何が求められるのか、何を撮るのか。Crew191のメンバーとのMDRSでの生活はあと1週間余りですが、その問いに全力で向き合って、何かの答えを見つけてから、ガラス越しではない世界に戻りたいと思うようになりました。
今も窓の外を見れば、砂嵐が白いドームに吹き付けています。
少し曇ったガラスの先に見える赤い砂漠と岩山とは、私にそんな気付きを与えてくれる空間でもあったのだと思います。